セラミックなどの工業材料は、どのように原子レベルで変形し、破壊するのか――。
近年、破壊のメカニズムを原子のレベルで解明しようと、シミュレーション研究が盛んに行われてきました。しかし、シミュレーションの結果が妥当かどうかの検証には、原子の振る舞いを実際に顕微鏡で観察することが必要ですが、技術的な課題があり、長年困難とされてきました。そんな時、世界でも類を見ない研究成果を打ち出したのが、東京大学 生産技術研究所の栃木 栄太 准教授です。透過型顕微鏡(TEM: Transmission Electron Microscopy)とMEMS(Micro Electro Mechanical Systems: 微小な電気機械システム)の技術を融合させて、原子レベル観察における最大の課題を解決。結晶材料が原子レベルでどのように変形し、壊れるかをリアルタイムで観察することに成功しました。
TEMの研究は偶然。のちにMEMS専門家に出会い開花
栃木准教授は、北海道大学4年次にTEMを専門分野とする研究室に入りました。「第1希望ではなく、ワクワク感はなかった」と振り返りますが、徐々に破壊のメカニズムの観察に魅了されていきました。その後、東京大学大学院工学系研究科に進み、2011年に材料工学の博士課程を修了。博士研究員として米国ローレンス・バークレー国立研究所に2年間在籍した後は、古巣に戻り、2013年から2021年まで幾原 雄一 教授の研究室で助教としてTEMの研究に従事しました。
当時の研究課題は、試料に荷重負荷をかけながらTEMで破壊の過程をリアルタイムで観察することでした。しかし、試料の方位や付加荷重の制御に苦労し、研究は停滞していました。そんな時期に、栃木准教授が運命的な出会いをしたのは、当時東大生研に所属していたMEMSの権威、藤田 博之 教授でした。
藤田・幾原両研究グループは、それぞれの分野を融合させ、TEM内の数ミリ幅のホルダーに設置した試料をMEMSの駆動で制御することに成功。これにより、「原子分解能TEMその場機械試験システム」と呼ばれる画期的な技術を開発し、TEMに原子レベルの分解能を付与しました。
ただ、MEMSの性能向上やホルダーに試料を設置する最適な方法の検討など、両グループの研究は5、6年を要しました。TEMの技術自体は1930年に開発されましたが、リアルタイムで原子の振る舞いを直接観察する技術の確立は、それほど難題だったのです。
最初のリアクションは、「想定外の現象」
同システムは、電子ビームを試料に照射・透過させて出てきたシグナルを検知し、画像を生成する仕組みです。栃木准教授は、このシステムを搭載した「最先端走査TEM」を使い、観察を開始しました。
栃木准教授はある日、MEMSデバイスを用い荷重をかけながらセラミックスを観察したところ、驚いたそうです。「全く想定していない現象でした」と、今までのシミュレーション結果とは異なる、実際の原子レベルの破壊の様子を振り返ります。
しかし、原子レベルで変形や破壊の現象を観察すること自体は、栃木准教授にとってゴールではありません。「転位(結晶の構造内で、原子の並びが一次元状に乱れることによる欠陥)」や「変形双晶(特定の結晶原子面を境として、両側が対称な原子構造となることでの変形)」など、謎が多い、結晶格子(結晶の基本構造)に発生する欠陥メカニズム究明への端緒となるものでした。実際、「想定外の現象」の観察は、その後の栃木准教授らの研究で、「セラミック粒子の原子配列が、亀裂の広がり方に大きな影響を及ぼす」ことの解明につながりました。
さらに、動画での結晶欠陥の撮影にも成功。従来、欠陥の原子レベルの撮影は静止画像で行われてきましたが、この走査TEMを用いると、最小で40ピコメートル幅の原子の観察を動画で再現できます。 栃木准教授は、「技術というのは広がり、進化するもの。より多くの研究者に原子レベルの直接観察してもらい、サイエンスとして発展してもらいたい」と、TEMのさらなる発展に期待を寄せています。
未来はジェットエンジンの金属疲労がなくなる!?
栃木准教授は基礎研究を中心に行なっていますが、将来的には、研究成果をより強度の高い工業材料の設計・製造に応用したいと考えています。結晶材料は、強度や耐熱性が高く、応用が可能な分野は構造材料だけでなく、電子機器、発光素子、光学素子、エネルギー変換素子など多岐にわたります。例えば、セラミック材料は、スマートフォンなどの小型機器から、建築物など大型構造物の材料に至るまで広範に使用されています。
特に、ジェットエンジンのタービンブレードへの応用では、強固で耐熱性の高い材料の開発が重要になります。一般的に、ブレードはセラミックをコーティングしたニッケル基超合金を使用しますが、エンジンの稼働時に急激な加熱や冷却などの応力がブレードにかかります。金属疲労による破断が生じれば、エンジンが損傷し、悲惨な事故につながりかねません。安全性は、最重要課題なのです。
ブレード用の強度が高い材料の開発には、セラミック焼結のメカニズムを原子レベルで解明することが不可欠になります。セラミック材料は、粉を固めて形を作り、さらに高温で焼き固めること(焼結)によって強度の高い構造体を作ります。その過程で結晶粒子が接合することで粒界が形成され、この粒界が移動することで粒径が大きくなります。粒子のサイズは材料強度や機能特性と密接に関係しており、材料設計には重要なポイントです。栃木准教授ら東大研究チームは、この粒界移動のメカニズムを原子レベルで解明し、その研究成果を2022年、英国科学誌「Nature Communications」のオンライン版に掲載しました。
TEMで研究の可能性をさらに広げる
栃木准教授は、直近の目標として、原子レベル観察の技術を向上させ、ポリマーなどの試料にも対応することを挙げています。「現在のTEMの技術は、有機材料やポリマー材料の観察には適していません。もし、ポリマーの原子レベル観察が可能になれば、この技術に興味を持つ研究者は倍増するはずです。ほかの研究者と協働し、この研究をさらなるレベルに押し上げたい」。栃木准教授は未来を見据え、インタビューを締めくくりました。
Jiake Wei, Bin Feng, Eita Tochigi, Naoya Shibata, Yuichi Ikuta, “Direct imaging of the disconnection climb mediated point defects absorption by a grain boundary”, Nature Communications (2022), DOI:10.1038/s41467-022-29162-2
この記事は、東京大学 生産技術研究所の活動を読み物として紹介する英文広報誌「UTokyo-IIS Bulletin」に掲載されたものです。
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