勢いと行動力で道を切り拓く――ALS創薬に挑む起業の選択

東大生研 池内 与志穂 教授 × 株式会社Jiksak Bioengineering 川田 治良 代表取締役 クロストーク


東京大学 生産技術研究所は教授だけでなく、准教授や講師もそれぞれ独自に研究室を主宰しているという特色があります。2014年に講師として東大生研に着任した池内 与志穂さんは、立ち上げたばかりの研究室でひとり、今後の研究計画を練っていました。そこに訪ねてきたのが、当時ポスドクとして東大生研に所属し、筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療薬開発を志していた川田 治良さんでした。ふたりは神経科学と工学を掛け合わせた研究を立ち上げ、やがてその成果はバイオベンチャー企業「Jiksak Bioengineering」の誕生へとつながっていきます。
起業から8年。創薬を目指してひたむきに邁進する若き経営者・川田代表と、技術顧問として川田代表と並走しつつアカデミアでの研究を続ける池内教授。ふたりの対談から、博士だけでなく、修士や学士を含めた多様なキャリアの可能性が見えてきました。

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最速で目的にたどり着くために

――川田さんはいつ起業しようと思ったのでしょうか。

川田:いつからでしょうか。少なくとも池内先生を訪ねたときには、すでに起業することを決めていました。

池内:出会った時から「起業する」って言ってましたよね。川田君が訪ねてきたのは、僕がまだ研究室に机しかなくて、ひとりで黙々と計画を練っていた時期でした。急にドアをノックして「こんにちは」って入ってきたんだよね。面白い人だなと思いました。普通はそんなふうに飛び込んでくる人はなかなかいません。だから強烈に印象に残りました。

川田:メールでアポイントを取ることもなく、いきなり行きました。そういうところが、僕の社会性のなさですね。

池内:そのくらい勢いがあるほうがいいんですよ。みんなそれができないから困っているんです。

川田:確かにそうかもしれません。実際、ベンチャーを立ち上げて資金調達をするときには、断られても気にせず次にいかないと前に進めません。お金を集めるためにはそういう行動力が必要だったと思いますし、僕の礼儀のなさが功を奏したという気がします。

池内:礼儀はありましたよ(笑)。そこは大丈夫です。

笑いが絶えない 川田さん、池内教授

笑いが絶えない 川田さん、池内教授

――川田さんが起業を決意した理由は何だったのでしょうか?

川田:それはとてもシンプルです。ALSの治療方法を本気で見つけたいと思ったら、それしかないと考えたからです。アカデミアの道を進めば、自分のラボを持ち自分が考える研究を主導できるようになるのは、いくつもの論文出して業績を積み、ポストを得たその先です。僕は研究の実用化やALS治療の開発というポイントだけを目的にしていたので、早めに産業側に入ったほうが研究プロセスは早いだろうと思いました。
たまたま自分はALSの治療につながる研究をしていて、まだ先人たちが誰も着手していない道が目の前に見えていた。じゃあ、一度谷底に落ちてみる気持ちでやってみようかなと決意しました。

池内 :周囲からは相当反対されましたよね。ほぼ全員が「やめておけ」と言っていました。みんな川田君の人生を心配していました。特に上の世代の人たちは、売り上げが着実に出るビジネスモデルがなければ起業するべきではないという考え方が根強かった。そうじゃなくて、早く行動に移すために、まずは会社を作って資金を調達して、それを使って開発すればいいというのが川田君の考え方で、それはなかなか分かってもらえなかったですね。

川田:反対する人たちの気持ちも今ならわかります。僕は今年で40歳になるんですが、今の年でもう一度同じことができるかといったら、たぶんできないと思います。振り返ってみると、かなり無謀なチャレンジでした。でも早くスタートしたからこそ、今、ようやく創薬につながる成果が出ているので、後悔はしていません。

池内:反対する人は根本的に考え方が違うから、その意見を聞いてもあまり意味はないのかなと思います。僕が東大生研に着任するときも、周りに反対する人たちはいました。生研は、みんなが独自に研究室を運営しますから、最初はひとりなんです。だから、ひとりで研究をしても何もできないからやめとけ、大きな研究室の中に入ってそこで上に上っていくのがいいんだ、と言う人もいるわけです。

川田:やめとけと言われたら、むしろ燃えてしまいますね。

池内:そうなんですよ。止めたら逆効果なんです。そういうマインドの人が起業をするのかもしれませんね。

ベンチャーとの協働が研究者を刺激する

――起業後はおふたりはどのような関係を築いているのでしょうか。

川田:池内先生は弊社の技術顧問でもありますし、 日常的にいろいろ相談に乗っていただいています。

池内:アドバイスといっても、普通に研究の話をいつもしていますね。川田さんも共同経営者の湯本さんも、僕ら以上に研究者のマインドを持っているなと感じるときがあります。さらに、アカデミアの研究者とは違う視点を持っているので、僕の方でも学ぶことが多いです。市場の動向とか、開発者たちが今どういったことを目指しているかとか、そういったことが刻々と変わっていく様子が、川田君と話していると伝わってきます。狭い業界の中で「お山の大将」にならなくて済みます。

――池内先生は、ベンチャー企業と協働していくうえで、どういった大変さを感じられていますか?

池内:大変なことは、ないんじゃないかな? 大変なのは川田君だから。いつも良い刺激を受けています。違う視点が入ってくると、いろいろ考えさせられますね。研究と社会との接点とか、あとは「急ぐ」というのはどういうことなのか、とか。患者さんを救うということを考えると、研究開発を速く進めることの価値はものすごく高いなと考えるようになりました。

川田:これからの取り組みで、もっと大変にさせようと思ってます(笑)

池内:それは楽しみですね(笑)。そういう大変さは、歓迎ですよ。 

――川田さんは、研究者とは異なる立場ならではの苦労をどんなことろに感じていますか?

川田:やりたい研究ができなくなることは、ネガティブなポイントですね。うちの会社は現在創薬をしていますが、創業のきっかけとなったコア技術は、Nerve organoid™と呼んでいる、ヒトiPS細胞から作った神経細胞の細胞体の軸索の束の組織です。実は個人的な興味として、僕はキリンの細胞を使った Nerve organoid™ を作りたいとずっと思っているのです。

――えっ!? キリンですか?

池内:キリンの首の長さは約2mで、一番長い軸索は数メートルになるからね。それを人工的に作るのは、大変そうだけど面白いチャレンジではあるよね。

川田:はい、冗談で言っているわけではなくて、科学的な観点からキリンの軸索の研究は絶対に面白いんです。あの長い運動神経を維持したり動かしたりすることは大変だろうなと思うので、そのメカニズムが分かれば治療につながる知見も得られるかもしれません。でもそんな個人的な興味や事業化の蓋然性が低いことを、会社でやるわけにはいきません(笑)。会社の経営者として慣れない苦労もいろいろありますが、起業時の目標がだんだん実現に近づいていく喜びが帳消しにしてくれます。今ようやく、ALSの薬を作るというプロジェクトを本格的に開始できたところなんです。正直、ここまで時間がかかりすぎたかもしれませんが、それだけ練りに練って作り上げた計画です。ベンチャーを立ち上げたからこそ、本当に創薬に挑戦できるわけで、自己満足かもしれませんが、この道を選んでよかったと思っています。

何をしたいかを人生の優先順位のトップに置く

――川田さんは起業を決めたときに、失敗したらどうしようと不安にならなかったのでしょうか。

川田 :それは今でもよく聞かれますが、「実家に帰ればいい」と思っていました。お金の不安はありますが、とりあえず実家に帰れば生きていくことは何とかなります。それよりも、僕にとっての人生の優先事項は、自分がしたいことをすることです。ALSの薬を作るということが、僕の人生の優先事項のトップに置かれています。だから、何もしない期間があったら時間がもったいない。振り返ったときに、「自分の人生、何も残らなかったな」と思うのは嫌なんです。

池内:日本の人は、無給の期間や無職という立場に慣れていないですよね。大学を卒業したらすぐに就職をするか、もしくは何も考えずに修士課程に進んでしまう。その途切れのない日本のシステムが、「修士に進学したけど何をしたらいいかわからない」という人をたくさん生み出している気がします。

川田:目的ベースで考えて生きていくのが、僕は一番いいんじゃないかなと思っているので、そもそも「何をしたらいいかわからない」というのは、もったいないですね。少しでも社会をよくしたいと思う気持ちがあれば、できることをやってしまえばいいんじゃないでしょうか。特に研究者なら、実現する方法を見つけやすいと思いますし。

――博士号取得後に起業をする人は、まだまだ少ないですよね。

川田:そうなんです。博士号を取った人の可能性は、本当はもっとあると思うので、どんどん広げていきたいと考えています。大学や公的な研究機関などの研究者になるというのがもちろん王道ですが、それ以外にもいろいろな場所で多様な仕事ができるはずで、そうなれば、博士を目指す人も増えると思います。可能性のひとつとしてベンチャーという道があることを示せたらいいですね。示す道となるからには、倒産はできないですが。

池内:そもそもどういう道があるのか、あまり考えないまま進学してしまう人が多い。博士後のキャリアについては、何か改革したいですよね。東大生研は、そういうことができる可能性があると思います。 

川田:学部や修士を経て、すぐに博士課程に行く必要もないと思っています。いったん社会に出て、また必要になったら戻ってきて勉強してもいい。たとえば40歳になったときに「アルツハイマー病の創薬に挑戦したい」と思い立ち、大学に戻って博士課程に入るのもいいじゃないですか。目的があれば学びの吸収も早い。研究環境に多様な人材が入ってくれば周りも刺激を受ける。いつか博士のキャリア教育に携わってみたいと考えています。

池内: 大学で学び直しを推奨するのはいいアイデアかもしれませんね。でも、教育だけでどうにかなるかというと、それは難しいかもしれません。場を提供することも割と大事なのではないかと思っています。志の近い人たちが刺激しながら学べるような場が必要ですね。

――最後に起業に興味はあるけど迷っている大学院生や研究者に向けて、メッセージをお願いします。

川田:迷っている人は、きっと考えすぎているんだと思います。たとえば、僕の場合は、ALSで何万人も苦しんでいるという現実を知って、「じゃあ、治療法を作ろう!」とシンプルに決めてしまいました。目的を達成する過程で、研究の面白さを感じたり、ビジネスの方法を覚えていったりすればいいんです。

池内: 川田さんは初めからベンチャーを立ち上げて社会に役立ちたいという気持ちを持っていたことも確かですが、組織工学や疾患発症機構などのサイエンスに強い興味と経験を持っていたことも大事な側面です。サイエンスの熱意をぶつけて、粘り強く頑張ることが鍵だと思います。そのような方からの相談は、いつでも大歓迎です。

――ありがとうございました。おふたりの今後の活躍がますます楽しみです。

池内研究室の実験室にて、その日居合わせたメンバーと共に

池内研究室の実験室にて、その日居合わせたメンバーと共に

関連リンク≫ 株式会社Jiksak Bioengineering

東京大学 生産技術研究所 池内 与志穂 教授

【紹介研究者】
池内 与志穂(東京大学 生産技術研究所 教授)
専門分野:分子細胞工学

記事執筆:寒竹 泉美(サイエンスライター・小説家)

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