コンピュータを”根っこ”から速くする

システムソフトウェアを極め、コンピュータに新たな可能性を開く

コンピュータを”根っこ”から速くする UTokyo-IIS

 コンピュータは一般に、ハードウェアとソフトウェアによって動いています。その両者をつなぐのがシステムソフトウェアです。システムソフトウェアは、目立たない存在ながら、コンピュータを根幹で支えています。根っからのコンピュータ好きだという東京大学 生産技術研究所の合田 和生 教授は、長くコンピュータと付き合う中でシステムソフトウェアへと興味を惹かれ、その研究に取り組んできました。合田教授が開発したシステムソフトウェアはいま、ヘルスケアや社会基盤等の様々な分野で大きな役割を果たすようになっています。システムソフトウェアはどのように動いているのか。またこれからコンピュータはどうなっていくのか。合田教授に聞きました。


「コンピュータの”根っこ”を極めたい」

  いわゆる”パソコン少年”だったという合田教授は、子どものころから「コンピュータはどうやって動いているんだろう」ということがとても気になったと言います。

 「僕の子どものころは、ファミコンがとても流行った時代ですが、僕はゲームするよりも、なんでキーを右に押すと、スーパーマリオも右に動くんだろうということが気になりました。そのうちに、その仕組みを理解して自分で再現できるようになりたい、と思うようになりました」

 合田教授は当時、プログラミングを自分で学び、ゲームを作ったりもしました。親戚からもらってきたコンピュータを開けてみて、改造したりもしたそうです。そして大学時代には、企業内の業務管理や当時流行り始めたeコマースといったアプリケーションソフトウェアを自分で作って売って学費を稼いだりもしましたが、だんだんと「コンピュータの”根っこ”を極めたい」という気持ちが強まり、大学院では、まさにコンピュータの根っこの部分といえるシステムソフトウェアについて研究するようになりました。

 「コンピュータは一般に、ハードウェアとソフトウェア(アプリケーション)から成り立っています。ハードウェアは物理法則で動く一方、ソフトウェアは論理で動いている。その両者をつなぐのがシステムソフトウェアです。そのプログラムを読むと、『なぜキーボードをたたくと画面の表示が変わるのか』といった仕組みが全部わかる。だから詳しく知っていくと『おれ、コンピュータがわかったぞ!』っていう気持ちになれるんです。それが嬉しくて、システムソフトウェアの研究にどんどんのめり込んでいきました」

 大学院では東京大学大学院工学系研究科 電子情報工学専攻に進み、当時生研にいらした喜連川 優 教授に師事したのですが、 教授がデータベースの専門家だったことから、大規模なデータを扱うシステムソフトウェア(データベースシステムやストレージシステム)を専門分野としていくことになります。そして現在は、データを扱うシステムソフトウェアを、圧倒的に高速にし、省エネ化し、また使いやすくする、という3点を柱に、研究を進めています。

ハードウェアの能力を最大限に引き出すために

  システムソフトウェアに改良を加えると、具体的にはどのような変化をコンピュータに起こすことができるのでしょうか。合田教授は、あるネットショップの購買記録を分析するケースを例として挙げます。

 「ネットショップで誰がいつ何かを買ったか、というデータがいま、600億件あるとします。そのデータを使って、たとえば、昨年と今年とで20代の女性の買い物の傾向がどう変わったか、ということを分析することを考えます。この分析を、現在の標準的なデータベースシステムを使って行うと、データの処理に20分ほどかかります。しかし、私たちが開発したシステムを使うと、10秒で終えることができるんです」

小売り履歴から購買傾向の変化を分析する処理の例。
モニタの左側に表示されているグラフは、標準的なソフトウェアでのデータ処理の様子。右側に表示されているグラフは、合田研究室で開発したソフトウェアでのデータ処理の様子。
グラフ上半分:横軸が経過時間を、縦軸が1秒間に何回データにアクセスできているかを示す。
グラフ下半分:縦軸がアクセスされたストレージ上のデータの位置を示す。
左側では分析に約20分ほどかかるのに対して、右側では1秒間にアクセスされるデータが格段に多く、10秒ほどで分析が終了している。
提供:合田 和生 研究室

 変化したのは、データへアクセスする速度です。それが100倍ほどの速さになっているため、処理時間もそれだけ速くなるのです。通常、コンピュータのハードウェアは、それ自体が高い能力を持っていたとしても、能力のほんの一部しか使っていないそうです。ハードウェアの物理的な能力を十分に発揮させるためのシステムソフトウェアが備わっていないからです。多くの場合、それでも十分にコンピュータの処理速度は速く、システムソフトウェアをそこまで最適化することは求められないのです。しかし、上のような巨大なデータを扱う場合は、その点がボトルネックとなります。そこで、データベースシステムのアルゴリズムを、よりハードウェアに合った形に変えてやると、ハードウェアの能力を100%近く発揮した速度でデータにアクセスすることが可能になり、処理速度が格段に速くなるというわけです。ただ、システムソフトウェアをそのように改良するのは大変です。ハードウェア、オペレーティングシステム、各種ソフトウェアなど、コンピュータの知識を総動員させなければなりません。

 「システムソフトウェアを根本的に見直して速くしようという機運は殆ど見られませんでした。ただ、これからますます、扱うデータは大きくなっていくはずなので、今後、自分たちが作ったアルゴリズムが重要になってくるのではないかと考えています」

地方自治体が実際に利用するシステムに

 合田教授の研究室で開発した技術は、実際にいま社会で使われるようになっています。その一例が、日本のヘルスケア分野です。

 「例えば、厚生労働省は、全国の医療機関が出した診療報酬明細書のデータを収集しています。このデータを分析して、日本の医療を良くしようと研究班が立ち上がったのですが、当時で2,000億個といった規模のデータでありました。医学分野の先生が、医療費がどう使われているかを分析したいと思っても、数日から2週間くらいかかるということで、我々の技術を駆使して分析のための高速基盤を構築するという仕事をさせていただきました。分析の種類によって時間が変わりますが、1回の分析が数分程度でできるようになりました。機微なデータであることから、生研内のセキュリティルーム内からでないと分析ができないのですが、それまでとは比較にならないスピードで分析が進むことから、楽しくなってしまい、あれもやりたい!これもやりたい!と、何度も生研に足を運んで、研究に没頭していただいた先生もおられます」

 計算時間が短くなったことで、日本で医療を受けた人全員分のデータを使った分析もできるようになりました。その結果、不必要な抗菌薬が処方されているという実態を解明することができ、新たな問題提起となりました。その後、自治体や研究者から、合田教授らのシステムを利用したいという声も増え、いまでは100以上の市町村によって使われているとのこと。利用の一例としては、過疎で医療資源がない自治体で、どこに適切に医療資源を配置すればいいかの分析、といったものがあります。

 「コンピュータが好き、というのが研究の最大の原動力である僕としては、『コンピュータをここまで速くしました!』というところで終わりにしたい気持ちもじつはあります。でも、やるからにはみんなに喜んでほしいので、作ったシステムが実際に社会に活かされるのは嬉しいです。利用してもらうことで新たな課題を見つけ、さらによいシステムを作っていきたいと思っています」

限られたスペースに沢山のCPUやSSDを詰め込んだ実験用のサーバ。冷却ファン音が大きいため特注の防音ボックスに入っている。

行きつくところは、“存在を感じさせない”コンピュータ

 コンピュータはますます速くなり、扱うデータの規模は今後さらに大きくなっていくでしょう。ではこの先、コンピュータはどこにいくのか。合田教授は、いずれコンピュータは、「手間がかからない」、「存在を感じさせない」ものになっていくだろうと言います。

 「コンピュータはここ30年の間に世界のあり方を大きく変えましたが、基本的には一つのことしかやっていません。生産性を上げることです。それは今後、AIがより高度になっても基本的には変わらないと思います。たとえば30年後、AIによって生産性がいまとは比べものにならないほど高くなるでしょう。量では叶わないかもしれませんが、質の高い仕事、例えば、突飛なアイデアを生み出すといったことは、人間でないとできなくて、コンピュータがやるということはないだろうと思います」

 その一方、コンピュータによって生産性を上げるためには、実は人間が多大な労力やエネルギーを費やしていると合田教授は言います。つまり、コンピュータを管理し、動作させるために、多くの人間の労働力が使われているということです。また、電力などのエネルギーも膨大です。しかしコンピュータの生産性がいつまでも上がり続けることはありえません。いつか頭打ちになり、その時には、人間が消費しているエネルギーによる損失の方が目立つようになるだろう、と合田教授は指摘します。

 「それが何十年後のことなのかはわかりません。ただそうなったときにはきっと、コンピュータは、人間の手がかからないものへ、という方向に向かっていくと思います。手間もエネルギーもかからず、存在を感じさせない、でも人間の生活を支えてくれるものへと。コンピュータが大好きな身としては、その存在が意識されなくなり、手間をかける必要がないものになっていくことは自分の子供が巣立っていくようで寂しくもあるのですが、そんな未来を僕は想像しています」

コンピュータを”根っこ”から速くする UTokyo-IIS

たくさんのサーバが並ぶサーバルーム。背後にあるのは省エネルギーでサーバルーム全体の空調を管理できる巨大なエアコン装置。

記事執筆:近藤 雄生(ノンフィクションライター、理系ライター集団「チーム・パスカル」)

みんなのコメント

量子コンピュータへの応用(あるいは接続?)も可能でしょうか。もし可能なら、計算し切れないものは無くなるかもしれませんね。

その未来に期待

にこ

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