東京大学 生産技術研究所の研究者が、自身の研究について紹介します。
私はいま、一軒の住宅の保存活用に取り組んでいます。1955年に竣工した、かつては歯科医院でもあった、見るからにヘンな円形のコンクリートブロック造住宅です。
通常、建築史を専門とする私たちは、誰かが所有している歴史的な建物を「これは大事だ」と応援したり、協力したり、時には声を荒げたりしながら保存活動に邁進します。しかし、この取り壊されかけていた円形住宅は、いまは他ならぬ私自身が所有者であり、自らが当事者となった保存活用でもあります。
はじめて足を踏み入れたのは3 年前。円い形状や傘のような小屋組もさることながら、使用されている材料に建築史家の眼は行きました。コンクリートブロック、鋼管、合板など終戦直後はなかなか自由に使えなかった工業製品をふんだんに使っていたからです。特にブロックは、戦後復興期が終わりを迎える1950 年代に普及をはじめたので、まさにこの住宅は50年代という時代感を身にまとった建物なのです。そんな建物との偶然の出会いに、建築史家の使命感もやや手伝って、これを自ら保存活用することに決めました。無名であったこの建物の歴史を調べ上げて、現在は川崎市の地域文化財に登録しています。
とはいえ、このままでは建築史のわかる人間が単独でおこなう平凡な保存でしょう。生研にいるのだから、もっと異なる専門家を巻き込んで、様々な保存・継承を実験するべきではないか、そう考えました。
その一つが、本所の酒井 雄也 准教授らと取り組んでいる再生コンクリートブロックづくりです。敷地には、取り壊す必要のあるコンクリートブロックの擁壁があり、壊された後の瓦礫をじっと見つめていると、酒井先生の顔が脳裏をよぎりました。コンクリートの瓦礫を粉末にして圧縮成形して再生する。そんな酒井先生の研究を応用して、この瓦礫をコンクリートブロックに再生し、円形住宅を補強できないかと思い立ったからです。自らの敷地から出た瓦礫で自らを補強する。それ自体、環境の時代に適しています。壊された擁壁にしても姿形は変わるけれど、ある意味で保存されたといえるでしょう。とはいえ、言うは易く行うは難し。本所の腰原 幹雄 教授の助けも借りて、実現に向け、悪戦苦闘しています。
他にも、本所の菊本 英紀 准教授との建物の形状を活かした窓づくりや、川口 健一 教授との可動式膜天井、都市林業家の湧口 善之さんとの庭木の継承など、実験的試みはいくつかあり、詳細は割愛しますが、その全体像は下図のとおりです。
こうした他の専門家との共同保存を、私は「アンサンブル・プリザベーション」と呼んでいます。なぜアンサンブルが必要か。その理由は、歴史以外の分野の人には、保存はまだまだ過去からの重荷や制約だと思うからです。それを打開するには、様々な専門家が能力を遺憾なく発揮して “ワクワク” しながら保存活用に関与できる場づくりが大切です。ストック活用が重視される社会で、建物の保存活用は今後ますます要望されますが、保守的になりすぎず、より身近で創造的なものにしていきたいと思っています。
関連リンク≫ 酒井 雄也 研究室
関連リンク≫ 腰原 幹雄 研究室
関連リンク≫ 菊本 英紀 研究室
関連リンク≫ 川口 健一 研究室
記事執筆:林 憲吾 准教授
この記事は、東京大学 生産技術研究所の活動状況や情報伝達を目的とした所内報「生研ニュース」に掲載されたものです。
≫生研出版物
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