第3の固体「準結晶」の超伝導を新たに発見

固体に潜む未知の性質を解き明かすために

Newly discovered superconductivity of quasicrystals, a third class of solids

 固体は、構造によって3つのグループに分けることができます。原子が規則正しく並ぶ「結晶」、不規則に並ぶ「非晶質(アモルファス)」、そしてそのどちらとも異なる「準結晶」です。その中で準結晶は、存在が知られるようになってから日が浅く、どのような性質を持つのかはまだあまり知られていません。そうした中、東京大学 生産技術研究所の徳本 有紀 講師は、「ファンデルワールス層状準結晶」に分類されるある準結晶について調べ、それが超伝導性を示すことを発見しました。世界初であるこの発見は、どのような意味を持ち、どんな発展が期待されるのか――。徳本講師に聞きました。


3年前に始めた研究で「世界初」の発見へ

 2024年3月1日、東京大学と科学技術振興機構( JST )より、次のプレスリリースが出されました。

 <新発見:ファンデルワールス層状準結晶の超伝導~第3の固体「準結晶」の超伝導発現機構の解明に糸口~>

 徳本 有紀 講師を中心とする東大生研グループと東京理科大学のグループとが共同で、ある準結晶の物質が超伝導性を示すことを発見したことについての発表でした。「世界初」の点を複数含むこの発見がいったいどのようなものなのか。発見を牽引した徳本講師のこれまでの経緯を振り返りながら、たどってみます。

 徳本講師は、固体の一種である結晶の中に生じる「転位」についてこれまで長く研究してきました。転位とは、結晶が外力などを受けることで結晶の内部に生じる線状の欠陥です。

 「欠陥というとネガティブなイメージがありますよね。実際、結晶自体の特性を利用する場合、転位はない方がいいのですが、一方で、そのような欠陥があることによって、完全な結晶では発現し得ないような物性が出るということもあるんです。そこに面白みを感じて、転位の研究を続けてきました」

 大学院修了後、東北大学で4年間助教を務め、2013年に東大生研に講師として着任。そして現在に至るまで転位に関する研究を続ける一方で、2021年ごろから新たに取り組むことになったのが「準結晶」の研究でした。ともに学生の指導に当たっていた枝川 圭一 教授がその分野の大家であり、同教授の提案もあってのことだったと徳本講師は振り返ります。

徳本 有紀 講師

第3の固体「準結晶」とは何か

 固体は、その構造によって、結晶、非晶質(アモルファス)、準結晶、の3つのグループにわけることができます。原子が規則正しく並ぶのが結晶で、不規則に並ぶのがアモルファス。そのどちらとも異なる、第3の固体と呼ばれるのが準結晶です。準結晶は、結晶のような並進対称性(=平行移動して重なること)は持たないものの、長距離秩序(=一定の規則性があること)はあります。つまり結晶とはまた別の規則性があるのです。

第3の固体「準結晶」の超伝導を新たに発見

画像提供:徳本 有紀 講師

 準結晶は、1984年にDaniel Shechtman博士によって発見されましたが、当時その概念は、固体の常識を覆すもので、なかなか受け入れられませんでした。ノーベル賞受賞者である著名な化学者も「そんなものはあり得ない」と否定したほどです。しかしその後、複数の質の良い準結晶が見つかる中で、その存在は確かなものとなり、発見者のShechtman博士は2011年にノーベル化学賞を受賞します。

 2012年には、準結晶で量子臨界現象(絶対零度付近で量子力学的な状態が変化する現象)が観測されます。それは、結晶に現れる量子臨界現象とも異なるもので、ついに、準結晶でしか現れない現象が見つかったことを意味しました。そうして準結晶の物性研究が盛んになる中で、2018年に初めて発見されたのが、準結晶における超伝導の発現でした。

準結晶の超伝導の発見と、残された3つの課題

 準結晶の超伝導は、名古屋大学のグループによって初めて発見されました。超伝導というと一般に「電気抵抗がゼロ」という性質がよく知られますが、実際には、それに加えて、「大きな反磁性」と「比熱のとび」があることも確認する必要があります。同グループは初めて、準結晶においてそれらの点も含めて確認することに成功したのでした。ちなみに用いられたのは、アルミニウム–亜鉛–マグネシウム系の合金の準結晶です。

 以来、準結晶の超伝導に関する理論研究も進み、準結晶特有の超伝導特性が理論的に色々と示されることになります。しかし、その実験的検証はなされていません。というのは、検証が行われるためには乗り越えなければならない課題がまだあるからです。

 「2018年の研究で準結晶の超伝導は発見されたものの、その後の理論研究によって示された準結晶特有の超伝導特性を実験的に検証するのは困難でした。名古屋大学のグループの準結晶は、試料のサイズが小さすぎること、熱力学的に十分な安定性がないこと、そして、超伝導に転移する温度が 50ミリケルビンと極端に低いという3つの課題があったためです。そのため、これらの課題をクリアできる準結晶で超伝導を観測することが必要で、そうした背景の中で私は、これまであまり物性の研究が行われてこなかった準結晶について、研究を進めました」

ファンデルワールス層状準結晶を選んだ理由

 徳本講師が選んだのは、タンタルとテルルの合金の準結晶です。これは「2次元準結晶」に分類されるもので、タンタルとテルルが準周期的に並んだ構造を持つ平面(層)があり、その平面が、ファンデルワールス力という弱い力によって層状に重なった構造になっています。このように二次元の層がファンデルワールス力によって積層された構造を持つものは「ファンデルワールス層状物質」と呼ばれます。

 「ファンデルワールス層状物質は、層数を減らして3層、2層、単層にしていくと、何層も重なった状態とは全く違う電子構造になって、面白い物性が出ることが知られています。また、薄くした単層をねじって重ねたり、ある物質の単層と別の物質の単層を重ねたりすることもできます。そのように重ね方の自由度もあって、新しい物性が発現する無限の可能性があるために、ファンデルワールス層状物質は、物性科学の分野でいま盛んに研究されています」

 徳本講師が取り組んだタンタル–テルル系の準結晶は、現在知られている準結晶の中で唯一のファンデルワールス層状物質です。何か独特の物性が出るかもしれないと考え、徳本講師はその合成と物性測定に取り組みました。そして2年ほどかかって、それが超伝導性を示すことを明らかにしたのです。

Tc~1 Kでバルク超伝導転移を観測した。準結晶では2例目、熱⼒学的に安定な準結晶では初の超伝導!!

Tc~1 Kでバルク超伝導転移を観測した。準結晶では2例目、熱⼒学的に安定な準結晶では初の超伝導!!

 「準結晶で超伝導性が発見されたのは、先ほどの名古屋大学のグループによる発見に次いで2例目で、熱力学的に安定な準結晶としては、初めてのことです。さらに超伝導転移温度が1ケルビンで、2018年の1例目(50ミリケルビン)の約20倍という高い温度で超伝導性を示したことも大きな意味を持っています。また、ファンデルワールス層状準結晶が超伝導性を示すことが発見されたのは世界で初めてのことです。理論の実験的検証に関しては、3つあった課題のうち2つをクリアすることができましたが、試料サイズの課題がまだ残っています。これから大きい試料を作って実験を重ね、その課題もクリアしたいです」

発見の先に広がるさらなる可能性

 今回の発見は、準結晶における超伝導の発現機構の解明に寄与することが期待されています。すぐに何かに応用できるということではないようですが、この発見の先に、未知の大きな可能性が広がることが、徳本講師の言葉から伝わってきます。

 「準結晶の超伝導ということ自体の面白さに加え、ファンデルワールス層状物質であるため、層を薄くしたり他の層状物質と組み合わせることもできます。そうした場合にどんな新しい物性が現れるのかも気になっています」

 徳本講師の探求は続きます。

電子顕微鏡(写真右の装置)を利用し、試料の回折パターンを観察することで準結晶であることが確認できる

電子顕微鏡(写真右の装置)を利用し、試料の回折パターンを観察することで準結晶であることが確認できる

ディスプレイに表示された準結晶の回折パターン

ディスプレイに表示された準結晶の回折パターン

記事執筆:近藤 雄生(ノンフィクションライター、理系ライター集団「チーム・パスカル」)

みんなのコメント

新しい材料が開発されると、工業ががらっと変わるような気がしてわくわくします。 息子は準結晶の基礎研究をしていますが、早く工業材料として使えるようになって欲しいです。 (個人が特定されないよう、一部編集して公開しています。東大生研 広報室)

その未来に期待

いわちゃん

便利なものが増えていくと思います

その未来に期待

みこと

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