理論的にありえない?「準結晶」の謎に迫る

特殊な秩序を持つ準結晶の形成メカニズムを解明


「第3の固体」こと準結晶とは、何物なのか──。東京大学 生産技術研究所の枝川 圭一 教授は、準結晶の黎明期から研究を続けるフロントランナーです。謎に包まれていた準結晶の形成過程を動画で捉えるなど、「未知」を切り拓いてきた研究成果と、独自性に迫ります。


結晶学では、ありえない物質

金属、半導体、セラミックス、高分子。それぞれ全く異なる固体物質ですが、構造のレベルで見ると、原子配列が規則的な「結晶」と、不規則な「非晶質」(アモルファス)に大別されます。非晶質の代表は、ガラスやゴムです。

結晶といえば、塩や雪、水晶など身近にもあります。原子が「規則正しく並ぶ」には、あるパターンが延々と続く「周期性」と、そのパターンとなる単位には「対称性」が求められます。対称性とは、ある軸で回転したり、ある点を中心に反転したりすると「初めの状態と同じになる」こと。例えば、立方体がそうです。その立方体を、みっちり隙間なく並べると、周期性つまり「繰り返し」が生まれます。

対称性のあるパターンが、周期的につながったもの──これが結晶の定義です。

では、正五角形を単位とした場合はどうでしょう。正五角形は72度ずつ5回転すると元に戻るので「5回対称性」があります。でも、どんなにずらしても、回しても、隙間なく並べることはできません。つまり周期性がないため、結晶の定義からは外れます。

5回対称性を持つもの。自然界では、花弁やヒトデなど、随所に見られる。

5回対称性を持つもの。自然界では、花弁やヒトデなど、随所に見られる。

しかし、その5回対称性を持つ固体が1984年に報告されました。「第3の固体」こと、準結晶です。結晶学ではありえない、存在しないはずの物質の発見は「20世紀後半の固体物理学で最も衝撃的な事件」と言われたほど。発見者であるイスラエルのDaniel Shechtman博士は2011年にノーベル化学賞を受賞しました。

そんな”固体物質の異端児”である準結晶の研究を40年近く続けているのが、東大生研の枝川 圭一 教授です。

準結晶の電子回折図形(左)とペンローズ格子準結晶の構造は三次元空間内での配列だが、これに対応する二次元の配列としてペンローズ格子がある。二種類のひし形によって平面全体をすきまなく埋めつくしたもので、5回対称性(72度の回転対称性)を持つ。準結晶はペンローズ格子を三次元に拡張した構造を持つといえる。

準結晶の電子回折図形(左)とペンローズ格子
準結晶の構造は三次元空間内での配列だが、これに対応する二次元の配列としてペンローズ格子がある。二種類のひし形によって平面全体をすきまなく埋めつくしたもので、5回対称性(72度の回転対称性)を持つ。準結晶はペンローズ格子を三次元に拡張した構造を持つといえる。

「おもしろそうだから、やってみないか」

準結晶との出合いは修士1年生の時。指導教官に勧められたのがきっかけでした。

「当時はホットトピックで、新たな性質や機能を期待する人が多く、注目を集めていました。しかし、すぐさま画期的な応用に結び付くことは、そうそうありません。研究する人も次第に減り、分野としても、私の研究においても停滞期がありました。私は他のテーマと並行しながら、準結晶の研究を続けてきましたが、それはやっぱり、準結晶という物質が、実に巧妙な秩序を持っていて、そこに驚きと感動があるからです。何よりマテリアルサイエンスの重要な研究対象であることに変わりはありません」と枝川教授。

マテリアルサイエンス(物質科学・材料科学)は、固体物質の原子配列(構造)を調べ、物理的性質(物性)を明らかにし、その物性が現れるメカニズムを解明する学問です。物質の構造に基づいて物性が現れるメカニズムが解明されれば、未知の物質でも構造から物性を予測したり、優れた物性が現れるように物質をデザインしたりできます。

では、準結晶の構造は、どのようにして確かめられるのでしょうか。

「固体物質の構造を調べる代表的な手法はX線回折や電子回折です。固体にX線や電子線を照射する際に、後ろにフィルムを置いて、どの方向に強く散乱するかを調べます(下図上段左)。例えば、水面についたてがあるのを想像してみてください(下図上段右)。ついたてには孔があいていて、波が通り抜けると、そこから波紋が広がります。これが『回折』です。孔が横に並んでいると、孔を抜けた回折波が、隣の回折波と互いに強め合ったり、弱め合ったりして『干渉』を起こします。この時、たくさんの孔が規則的に並んでいると、いくつかの特定の方向に強い波のピークが現れます。一方で、孔の並びが不規則だと、どの方向にも、ある程度の波ができるので、連続的な波形になります」

X線も電子線も波の性質を持つため、それらを固体物質に入射すると回折波の干渉により「回折図形」が得られます。このとき各原子がついたての孔の役割をします(下図上段中央)。結晶のように原子が規則的に配列した物質を通過すれば、点の模様が現れて、無秩序な物質(非晶質)では、ぼんやりとした回折図形になるのです。

「準結晶の回折図形にも、このように点の模様が現れます。これは、原子の間隔に比べ十分に長い距離にわたって秩序があることを示しており、アモルファスとは異なることがわかります。また準結晶の回折図形は、5回、10回、12回等の回転対称性をもちます。これらの回転対称性が周期構造に現れないことは数学的に証明でき、従って準結晶は、周期配列で定義される結晶でもないと結論できます。このような第3の固体、準結晶の発見は、1912年にX線回折の現象が発見されてから70年以上経っていましたから、まさか自然界にそんな物質があったのかと。結晶学の概念を覆した物質です」と枝川教授は語ります。

世界で初めて捉えた、その瞬間!

では、準結晶はどのようにできるのか? 原子が集まって準結晶の特異な原子配列を形成するメカニズムは長年、未解明でした。さまざまな理論モデルが提唱されていましたが、誰も実験で検証できていなかったのです。

2015年、枝川教授は研究室の学生だった長尾 佳祐 氏と共に、透過電子顕微鏡による高分解能観察法で、準結晶が成長する様子をリアルタイムで観察することに成功。記録した動画から静止画を抽出し、解析を行いました。それまで提唱されていたモデルでは、巧妙な局所ルールによって秩序性を常に保ったまま成長していると考えられていましたが、観察の結果から、ある程度、秩序性を保たずに、乱れが生じたらそれを修復するように原子が再配列し、その繰り返しで準結晶が形成されていることが明らかになったのです。

準結晶の成長の様子

「この修復過程には、フェイゾンという準結晶に特有の構造自由度が関連していることも突き止めました。それは準結晶の秩序形成の本質的なメカニズムです」と枝川教授。

成果が報告された論文(K. Nagao et al., Phys. Rev. Lett. 115, 075501(2015).)は物理学専門誌 Physical Review Letters に掲載され、同誌における「注目論文」に選出されました。

それまで難しかった実験に成功した秘訣は何だったのか。枝川教授は次のように話します。

「透過電子顕微鏡の中で試料を約900℃まで加熱して、準結晶粒の成長過程を高分解能観察したのですが、これがいかに難しいか、透過電子顕微鏡を使っている方なら容易にわかると思います。実際我々は実験を開始してちゃんと見えるようになるまで3年以上かかりました。見えれば大きな成果になると強く信じて、粘り強く続けたことがよかったです」

まだまだ続く準結晶研究

最近、枝川教授は同じ研究グループの徳本 有紀 准教授と共に、世界2例目となる超伝導性を示す準結晶を発見。また一歩、大きく研究が前進した瞬間でした。

国内では科研費新学術領域研究、JST-CREST等の大型プロジェクトが走り、再び盛り上がりを見せる準結晶の研究。それは枝川教授のように、この分野に明かりを灯し続け、礎を築いてきた研究者がいるからに違いありません。「人の後追いはしたくありません。未開拓の領域に挑み続けたい」。その研究姿勢は、まさに準結晶のような独自性を放っています。

Keisuke Nagao, Tomoaki Inuzuka, Kazue Nishimoto, and Keiichi Edagawa*, “Experimental Observation of Quasicrystal Growth”, Phys. Rev. Lett (2015),
DOI: 10.1103/PhysRevLett.115.075501

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枝川 圭一 教授

記事執筆:堀川 晃菜(サイエンスライター・科学コミュニケーター)

みんなのコメント

準結晶秩序がどう形成されるのかは、非常に興味深いです。 準結晶のみならず、結晶やガラスなどのアモルファスの成長理論に知見を与えるような気がします。

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