世界中で環境問題が深刻さを増す中、持続可能な開発への取り組みが待ったなしの状況にあります。東京大学 生産技術研究所の酒井 雄也 准教授は、低コストで社会実装が可能な「環境に優しい建材」の技術確立に挑んでいます。その1つ、廃棄食材をコンクリートより頑丈な建材に「変身」させる技術は、まさに現代の「錬金術」です。
「白菜から加工した建材が、コンクリートの4倍の曲げ強度を持つ」―― 2020年半ば、酒井准教授は、この研究結果を目の当たりにして驚愕したと言います。
予期せぬ朗報は、研究室の学部生(当時)、町田 紘太さんによってもたらされました。町田さんは、食べられるのに廃棄される食材や、タマネギの皮など食べられない部分を有効活用しようと、酒井准教授の指導の下、廃棄食材を建材へと加工する実験に取り組んでいました。驚きの結果が出たことで、町田さんも興奮気味に報告したそうです。
「(食材を加工して)塊はできるとは思っていましたが、ここまで強くなるとは思ってもみませんでした。『食材から、付加価値のある強い建材ができる』と確信したのは、この時からでした」と、酒井准教授は振り返ります。
この技術は、近年問題化している2つの問題の解決に寄与すると期待されています。1つは、「食品ロス」の軽減。環境庁によると、2018年に日本は約600万トンの可食部(食品ロス)を廃棄したほか、皮、外葉など元々食べられない部分や、傷物や規格外の野菜・果物などを不可食部として約1930万トン廃棄処分しています。大半は肥料や飼料として活用されたり、ゴミとして焼却、埋め立てされたりしていますが、持続可能性の観点から早急な対応が必要です。
2つ目は、コンクリートの代替になり得る点です。コンクリートの製造には、持続可能性の問題があります。原料の砂、砂利、砕石が世界中で不足しているほか、その接着剤の役割を果たすセメントの製造過程で大量の二酸化炭素(CO2)が排出されます。セメントの原料の1つ、石灰岩は1500度で燃やす必要があり、CO2を排出するエネルギーを使用するほか、この過程で石灰岩自体からCO2が放出されるからです。セメント製造によって排出されるCO2は、実に世界の排出量の8パーセントを占めるまでになっています。
原料コストの低さも、廃棄食材を活用する利点です。通常は無料で調達できますし、場合によっては、引き取り手側が処理費として料金を徴収することもあるといいます。
加工温度が強度の鍵
酒井准教授の研究チームが開発した建材の作製方法(特許申請中)では、野菜や果物を乾燥後に粉砕し、熱圧縮形成します。食材の香りや味を残すことも可能だそうです。
作製課程で重要なのは、原料ごとに最適な加工温度を特定することです。チームは当初、粉砕した茶葉などを約200度の熱で成形していましたが、原料が焦げたり、ドロドロになったりと、思うような結果が得られませんでした。しかし、「食材ごとに最適な温度の熱をかけなければならない」と気がついてからは、実験はスムーズに進み、数ヶ月で研究成果が出たそうです。
最適な温度は食材によって異なりますが、平均100度ほど、加工過程での二酸化炭素排出が抑えられるレベルです。かける圧力は20メガパスカル(MPa)で、海底2000メートルの水圧に相当します。また、得られる曲がり強度も食材によって違ってきます。実験した野菜、果物の中では、白菜が18MPaの圧力にも耐え、最も高い強度を示し、コンクリート(5MPa)の約4倍もの強度があることが判明しました。カボチャは最も低い強度を示したものの、カボチャに白菜を加えると強度が上がりました。
建材の強度を上げるメカニズムについては調査中ですが、酒井准教授は、「食材に含まれる糖分が熱により溶け、圧縮により粒子間に流れ込み、冷えて接着剤の役割を果たしているのではないか」との仮説を立てています。
風味がよく、食べられる建材
この建材の驚くべき特徴は、食べられる点です。しかし、酒井准教授によると、食べられる建材は日本では珍しくありませんでした。例えば、熊本城(1607年完成)は、食べられる建材を使っていることで有名だといいます。サトイモの茎を畳に利用したり、カンピョウを壁に練り込んだり、籠城の際の兵糧として用意していたようです。
建材の風味を上げる実験も行っています。砂糖や塩、コンソメなどの調味料を食材に加えると、建材の強度が上がることがわかっています。建材のほか、アクセサリー、食器、家具などへの幅広い応用が可能だそうです。「例えば、この素材でお皿を作り、食事が終わった後は、お皿も食べることができます」と酒井准教授。最終目標は、「お菓子の家」を作ることだとか。
残る課題は、防水剤などで耐久性を上げることです。木材に通常使用する防水剤は、効果があるものの食べられないため、食べられる防水剤を探索中です。
2021年5月に研究結果が発表されて以来、研究チームの元には海藻、カニの殻、きのこなど様々な廃棄食材が送られてきます。「廃棄食材を組み合わせて高機能な材料を見つけたい」。酒井准教授は、多様な廃棄食材を使った研究への意気込みを語ります。
「月の砂でコンクリートを」
酒井准教授は、コンクリート関連の複数の研究プロジェクトを同時に進めています。持続可能なコンクリートの再利用の研究では、古いコンクリートを粉砕し、圧縮することで強固なコンクリートに再生できることがわかっています。研究の目標は、コンクリートを循環型にすることです。
また、地球外での応用も視野に入れています。「アルコールと触媒で砂を接着し建材を作ることができれば、月で構造物を建設できます」と、セメントや樹脂などを使用せずに月の砂などを接着する方法を研究中です。
研究に邁進する酒井准教授ですが、ジャンルを問わずに本を読むことからインスピレーションを得ることが多いといいます。最近、感銘を受けたのは「愛を科学で測った男――異端の心理学者ハリー・ハーロウとサル」(デボラ・ブラム著)だそうです。家庭では、幼い3児の父。毎朝5時に起床して仕事を早く始動させ、夕方からは育児に勤しむといい、「ワークライフバランス」を実現させています。
記事執筆:(株)J-Proze 森 由美子
みんなのコメント
建材の風味を上げる実験というのが面白いですね。 今後も期待しています♪
その未来に期待
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