2024年4月に、東京大学 生産技術研究所の徳本 有紀 講師と合田 和生 教授にインタビューし、それぞれの研究を紹介する記事を、6月、7月に掲載しました。今回は、お二人によるクロストークをお届けします。固体物理とコンピュータという全く異なる分野を研究するお二人が、互いの研究について知り、何を思ったか。ざっくばらんに語ってもらいました。
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とにかく面白いから研究する
――徳本先生は、固体物理学、特に第3の固体と呼ばれる「準結晶」について研究をされています。合田先生は、コンピュータのシステムソフトウェア、特にデータベースがご専門です。全く異なる分野ですが、お互いの研究についてどんな印象を持ちましたか。
合田:僕は、固体物理学や化学といった分野は全くの素人です。「準結晶」の超伝導性を発見されたという徳本先生の研究の内容は、初めて聞くことばかりでしたが、とにかく、準結晶という対象がお好きなんだろうなあということが伝わってきました。「どのように役立つんですか」とかも聞かれるのではないかと思いますが、それよりも、とにかく面白いから深く知りたい、ということなのではないかなって。
徳本:そうですね、すごく面白いなあと思いながら研究しています。ここからどんな技術が生まれるのか、についてはまだイメージすることが難しく、とにかく知りたい、という気持ちが強いですね。
合田:そういう気持ちがひしひしと伝わってきて、いいなあと思いました。僕もどちらかと言えば同じです。自分がいまの研究をしているのは、とにかく、コンピュータが大好きで、根っこから極めたい!と思うからです。ただ、やるからにはみんなに喜んでもらいたいと思うから、社会に活かされるものを作ろうと頑張っているという感じです。
――とにかく好きだから研究する、というスタンスは、研究者として理想的なように思います。一方、研究がどのように社会の役に立つのかを考えることは、常に求められるものなのでしょうか。
徳本:生研だとそういうプレッシャーは結構大きいかもしれません。でも、準結晶の研究者は、あまりそういうことを気にしない人が多い印象はあります。Paul Steinhardtという、準結晶の概念を提唱した理論物理学者がいるのですが、彼は、20年以上もの間、天然の準結晶を探し求めて、ついにそれを発見してしまいました。博物館の鉱物の中に準結晶があるのではないかと何年も探し求め、イタリアの博物館にあった鉱物が準結晶であることを突き止めました。さらにそれが「天然の準結晶」であることを証明するために、採取されたというカムチャツカ半島まで行き現地で地質調査などをして、本当に天然の準結晶であること、さらにそれが地球上ではなく宇宙で形成されたものであることまで突き止めたのです。そのように、これを知りたいと思ったらとことん追求する雰囲気がこの分野にはあるんです。だから私も、自分のペースで研究を進めることができているような気がします。独自の分野を見つけ、突き詰めることが自分に合っていると思います。競争が激しかったり、すぐに結果を求められたりすることは、私は苦手で。
合田:僕も元々は、有用な結果をどんどん出さないと、というプレッシャーをそれなりに感じていたのですが、生研では、自分のペースでやらせてもらっています。僕のやっていることは、とても基礎的な部分なので、1つの成果を出すのにも何年という時間がかかります。それにあまり日の当たらない分野でもあります。いまどきこんな研究をやらせてもらえる生研は、度量が深いと言いますか、貴重な場だと考えています。
失敗して、どうすればいいかを考える時が一番ワクワクする
――研究を進める上での面白さや楽しさとは、どんなところでしょうか。
合田:研究は、失敗の連続です。1回の成功を得るために、10回とか、下手したら100回ぐらい失敗します。我々の世界だと、プログラムがちゃんと動かなくて、直すために徹夜するなんてことは日常茶飯事です。僕は、そういうプロセスも含めて、研究活動の全てが楽しくて、好きです。もちろん、苦しいと感じる時もありますが、でも、失敗してどうすればいいんだろうと頭を悩ませながら何度もコードを書き直したりしている時が、没頭できるんです。そういう時間も含めて楽しめるから、研究者をやっていけるのかな、とも思います。
徳本:失敗の連続というのは私も同じです。私も、合田先生と同じで、そこを楽しめているように思います。うまくいってない状態で、どうしたらほしい準結晶が合成できるのだろう、どうやったらこの試料の質を良くできるのだろう、とか考えるところが 1番ワクワクするというか。そういう時間、楽しいですよね。
合田:もちろん研究が成功する瞬間もハッピーだけど、そうじゃないところを楽しめるのは、研究を続けていく上で大事なことと思います。
――相手の研究と今後のご自身の研究との関わりについて、考えをお聞かせください。
徳本:準結晶の分野でも、ここ数年、データサイエンスを活用しようという試みが始まっています。特に合金系準結晶の研究においては、すでに発見されている何十種類という準結晶のデータがあり、結晶も準結晶も含んだ大規模な物性の実験データが集められています。この大規模データベースのデータを解析することでより良い材料開発につなげようという試みがなされています。合田先生が作られたシステムは私たちの分野でも有用かもしれないと思いました。また最近、機械学習を活用して新しい組成の準結晶を見つける研究も行われています。そうした研究が進んでいくと、今後ますます、大規模データが活用されるようにもなりそうで、合田先生の研究とも関係が強まりそうに思います。
合田:データサイエンスというのは、「このデータを生かしてこんな分析がしたい」という明確な目的がある専門家と、そのためのデータがあって初めて役に立つものだと思っています。僕はコンピュータの専門家ですから、データ分析には協力しますが、その結果の解釈には口を出さないようにしています。
例えば、僕は今やっているヘルスケア分野のデータ分析に関して、中身は一切解釈しないようにしています。僕はこの分野の人たちの痛みや苦しみ、どういう問題で困っているかといったことを、一切身に染みては知らないからです。そういう自分が、ヘルスケアの専門家に向かって、データ分析の結果がこうだからこうした方がいいですよ、みたいに言っても、説得力がありませんし、多分世の中はよくならないと思うんです。一方で僕は、コンピュータ的なアドバイスはできます。だから自分はそこに徹することにしています。つまり、データの分析というのは、やはりその分野の専門家が主体的に行うことが重要だと思います。データサイエンティストが数字だけ見て、あれこれ内容に首を突っ込むのではなくて。そういう意味で、徳本先生のような専門性を極めた研究者が、自らデータを分析するために僕たちの作った仕組みを活用してくださるのであれば、その時には、自分はコンピュータの専門家として、力になれたら嬉しいなと思います。
徳本:そういう機会が訪れたら嬉しいですね。
基礎を大切に、自ら試行錯誤してほしい
――最後に、「もしかする未来」をともに作っていく仲間として、研究者を目指す学生たちや若い世代へ、メッセージをお願いします。
合田:僕はいつも学生たちに、”裏切らない知識”を身に付けてほしい、と伝えています。いまは、あらゆる知識がネットで調べたらすぐ出てくる時代になりました。だから、些末な知識をたくさん持っていてもあまり意味がないんですよね。でもその一方で、物事の基盤となる基礎の知識をしっかりと身に付けることはとても大切だと感じます。基礎は裏切りません。そのことをしっかりと意識して勉強していってほしいなと思います。
徳本:材料科学の分野でも、最近は過去のデータを使って効率よく物質を作るということがトレンドになっていますが、そもそもデータがないところではそれが適用できません。本当に新しいことを見つけるためには、自分の目で見て、自分の手を動かすことが絶対に必要だと思っています。効率も大事ですがそればかり求めずに、自分自身で試行錯誤することを大切にし、そして楽しめるようになってほしいなと思います。
――分野は全く違うお二人でありながら、研究者としての根本の部分はすごく共通しているように感じました。どうもありがとうございました。
記事執筆:近藤 雄生(ノンフィクションライター、理系ライター集団「チーム・パスカル」)
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