「ナノ粒子」の研究は、2000年代頃から急速に進みましたが、これまで研究されてきたのはほとんどが5ナノメートル以上のものでした。そうした中、近年盛んに研究されているのが、大きさが1ナノメートルほどで、原子が数個~数十個集まってできた「原子クラスター」です。東京大学 生産技術研究所の塚本 孝政 講師は、未知の可能性を秘めたこの原子クラスターを合成するための画期的な方法を確立しつつあると同時に、原子クラスターが持つ周期律(=周期的に現れる規則性)を見出し、その正体に迫ろうとしています。何がわかり、何が可能になろうとしているのか。塚本講師に聞きました。
原子の数が1つ変わるだけで性質が変わる「原子クラスター」とは
一般に「ナノ粒子」と呼ばれるのは、2~100ナノメートル(ナノ=10億分の1)の粒子です。それより小さい、原子が数個~数十個集まってできた1ナノメートルほどの大きさの粒子は、「原子クラスター」(以下、単に「クラスター」とも表記)などと呼ばれます。

提供:塚本 孝政 研究室
原子クラスターの世界は、未知の性質を持つ新しい物質が潜んでいることが期待され、いま注目を集めています。研究を続けてきた塚本講師は話します。
「原子クラスターは極めて小さく、「量子サイズ効果」と呼ばれる量子力学的な作用の影響が強く表れるため、原子の数が1つ違うだけで全く別の性質を示します。例えば、金属の原子が13個集まったクラスターと14個のクラスターとでは、原子の並び方も形も、内部の電子の状態も、全く違う。そのため、原子の数、元素の種類、原子の配置、立体構造といった要素を変えてやることで、とても多様な性質を生み出せる可能性があるのです」

原子が数千〜数億個集まった2~100ナノメートル規模のナノ粒子は、原子が1つ増減してもその性質は大きくは変わらない。一方、原子数個~数十個の原子クラスターは、原子1つの違いで性質が大きく変わりうる。また原子クラスターは、分子性物質のような性質を帯びるようになる。 提供:塚本 孝政 研究室
原子クラスターの汎用的な合成法「鋳型合成法」
しかし、原子クラスターは合成するのが難しい。つまり、元素の種類、原子の数、立体構造などを自由に選んで原子クラスターを作ろうとしても、そのための汎用的な方法がありません。それゆえに研究が進まずにきたのですが、塚本講師は、それを見つけるべく研究を続け、画期的な方法を開発しました。それが「鋳型合成法」です。

「鋳型合成法」の概略図。樹状の高分子カプセルの中に金属塩(金属イオン)を集め、還元して原子クラスターを合成する。多種類の金属塩を集めれば、多元素の合金クラスターも合成できる。
提供:塚本 孝政 研究室
「簡単に言えば、カプセル型の高分子(有機分子)を作って、それを鋳型としてクラスターを合成するという方法です。まず、望んだ場所に望んだ数の金属イオンをトラップできるように設計した有機分子のカプセルを作り、その中に金属イオンを詰め込みます。それを還元して金属イオンを金属にすると、クラスターを合成できるのです」
実際に塚本講師は、この方法で周期表の3族から16族までのすべての金属元素について、単一の元素からなる原子クラスターを合成することに成功しています。カプセルの中に金属イオンを詰め込むのに適した条件(温度など)を元素ごとに探すのが大変だったとのことですが、条件さえ整えば、この方法によって様々な金属で原子クラスターが作れることを塚本講師は示したのです。

3族から16族までのすべての金属元素
一方、合成した原子クラスターが持つ機能や性質を調べると、発光するものや、触媒として機能するものなど、いろいろな特性があることを確認。そして塚本講師は、そのような原子クラスターの機能や性質が、元素の種類や原子の数、立体構造などとどう関係しているかを理論的に明らかにできないかと考えるようになりました。原子クラスターは、原子の数や立体構造が少し違うだけで性質が変化しますが、その背景にある規則性がわかれば、望む性質のクラスターを狙って合成することができるようになるかもしれません。

温室効果ガス(二酸化炭素やメタン)を水素などの物質に変換する化学反応において、触媒として働く原子クラスターも発見。「このクラスターは四面体(ピラミッド型)の頂点部分をきり取ったような形をしています。もともと他の研究で、大きな斜面のような部分がある固体の表面は触媒として機能しやすいことはわかっていました。そこで実際にそのような部分を切り出した構造を持つクラスターを合成したところ、確かに触媒としての機能が得られました」(塚本講師)
そうして、原子クラスターを合成する実験の合間を縫って、その背景の理論を探る研究に着手しました。「休み時間の自由研究」として半ば趣味的に始めたものでしたが、塚本講師は、数年にわたったその研究で、原子クラスターの幾何学的な構造と、その機能・性質の間にある周期的な規則性、つまり周期律を発見することになったのでした。
原子クラスターを分類する「ナノ物質周期表」を構築
この理論研究において塚本講師がまず行ったのは、原子クラスターの一般的なモデルを見直してみることでした。
「原子クラスターのモデルとして従来広く使われてきたのは、1995年に提唱されたJelliumモデルです。このモデルでは、クラスターを1個の仮想的な球体と見なして電子の軌道分布を計算するのですが、この方法では、なぜ安定して存在できるのかが説明できないクラスターもあります。それは球体近似が粗いためだと思われるので、より現実の粒子構造に近いモデルを考えてみることにしました」

Jelliumモデルは、原子のモデルに近い。原子クラスターを1個の仮想的な球体と見なし、構成する原子の正電荷の合計が球体全体に分布していると仮定し、その中を電子が運動するものとして電子の軌道分布を計算する。するとその軌道分布から、「この元素の場合、何個原子が集まってクラスターを作れば安定する」といったことが予測できるが、安定するケースの中にこのモデルでは説明できないものもある。そこで塚本講師は、原子クラスターの幾何学的対称性を考慮した、より現実の粒子構造に近いモデルを考案し、電子の軌道分布を計算した。 提供:塚本 孝政 研究室
塚本講師は、群論や結晶場理論と呼ばれる理論を応用して、実際の原子クラスターの形状(正四面体か正八面体か正二十面体かといった違い)を考慮したモデルを構築。そしてコンピュータシミュレーションによって電子の軌道分布を計算し、形状ごとに、固有の電子配置パターンがあることを見出しました。その結果、この新たなモデルを用いると、Jelliumモデルでは説明できなかったケースも説明できることがわかったのです。
この新しいモデルは「対称適合軌道モデル」と名付けられ、これを用いると、原子クラスターの機能や性質を、原子の数や種類、形状といった要素から予測できることがわかりました。そうして塚本講師は、従来の元素周期表と同様に、クラスターを分類・探索できる「ナノ物質周期表(超周期表)」を作り上げたのでした。
この周期表は、従来の元素周期表の「族」「周期」に加えて「類」「種」という軸があります。これら4つの軸によってクラスターの原子数・電子数・元素種などを識別でき、この表のどこに位置するかで、クラスターがどんな機能・性質を持つかを予測できます。この新しい分類指標に従うと、既知の様々なクラスター物質を1 つの表の中に統合して議論できるだけでなく、特定の機能を持つクラスターを作るためには「どの元素が、どの比率で、何原子必要か」ということを事前に予測することができるようになりました。
「この周期表を用いると、例えば、銀やアルミニウムのような磁性のない元素でも、何個集めてこんな形状のクラスターを作れば、磁性を持つようになるはずだと理論的に予測できます。それが実際に作れるかどうかはまた別の問題ですが、この周期表を手掛かりとすれば、将来、アルミニウムから超軽量の磁石を作るといったような、従来の常識をひっくり返す新しい物質を生み出す道筋も見えてきます」
美術を志した経験から生まれる独自の発想
塚本講師は、この周期表が持つもう1つの可能性として、原子クラスターを「高次の元素」と捉え、それが集まった「高次の分子」が将来見出されるかもしれないと考えています。また塚本講師は、この理論研究を通じて、球体よりも高度な対称性を持つ「超縮退ナノ物質」という全く新しい物質群の存在も予測し、その物質群の背景に、素粒子物理学などに現れる数学と関連した高度な対称性があることも明らかにしました。
塚本講師の研究は、私たちがまだ知らない、新しい物質の世界がある可能性を示唆しています。その先にある新たな扉はこれからさらに開いていくことになるのか。今後の展開が期待されます。
「今回の研究では、教科書的にはあり得ないようなことが次々に見つかっています。通常私たちは、「教科書に書いてあることは正しい」と考えて、勉強、研究を進めていくわけですが、決してそうではないことをこの研究を通じて実感しています。教科書に新たなページが加わるような研究へと発展させていけるよう、さら尽力していきます」
記事執筆:近藤 雄生(ノンフィクションライター、理系ライター集団「チーム・パスカル」)
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