化学反応を効率よく進行させる「触媒」は、医農薬の原料やプラスチック製品を開発する際をはじめ、様々な場面で必須のものです。ただし、その多くに、高価で希少な貴金属が含まれているため、より安定的な供給の可能性を高めるべく、今より少ない貴金属の使用で作動する触媒の開発および、貴金属に代わる代替資源で触媒を作る道が模索されてきました。そうした中、東京大学 生産技術研究所の砂田 祐輔 教授は、従来の触媒に比べて極めて少ない貴金属で作動する「最少量の貴金属」の触媒と、貴金属を一切使わない「貴金属フリー」の触媒を開発し、注目を集めています。最近では、後者の貴金属フリーの触媒技術によって、水素を貯蔵・運搬する方法の構築を目指しています。これまで誰も作ることがなかったこれらの触媒はどのようにできたのか、そしてそれは未来をどう変えていく可能性があるのか。砂田教授に聞きました。
なぜ貴金属が触媒に適しているのか
化学反応において触媒は、反応を効率よく進ませる上で重要な役割を果たします。例として、エチレンC2H4と水素H2が反応してエタンC2H6になる反応について考えてみます(図1)。エチレンは炭素と炭素が2つの結合で繋がっていますが(=2重結合)、水素と反応すると、2つの結合のうち1つが切れます。そして炭素と炭素は単結合となり、切れた結合には水素がくっつき、エタンになります。この反応において触媒がどのような役割を果たしているのかについて、砂田教授は話します。

図1 C2H4(エチレン)+H2(水素)→ C2H6 (エタン) 触媒としては一般に、白金などの貴金属が使われる。触媒は、それ自身は反応の前後において変化せず、反応を効率よく進ませる役割を果たす。
「触媒はまず、エチレンC2H4と水素H2の両者が近づいて反応しやすくなるような場を作ります。そのうえで、水素の2つのHの結合を切り、エチレンの炭素Cの二重結合を弱めます。するとエチレンのCと、水素のHの間で新しい結合ができて、エタンができます。そのように、反応の場を作ったり結合を切ったりするのが触媒の役割です」
この反応で触媒として使われるのは、例えば、貴金属の一種である白金(Pt)です。貴金属とは、希少かつ比較的化学的に安定な金属の総称で、他の多くの化学反応でも、貴金属が触媒として使われています。というのは、結合を切って別の新しい結合を作るためには、結合を作る電子対(2個の電子のペア)を受け取ったり、渡したりできなければなりません。白金やパラジウムといった貴金属は、そのために必要な性質を持っているため、触媒に向いているのです。
「ただし、貴金属は希少です。高価で資源量も限られています。そのため、貴金属を使わずに、もしくは少量の貴金属で触媒を作る方法がいろいろと探られてきましたが、いまも十分な方法はありません。そうした中で私たちは、極限まで貴金属を減らした『最少量の貴金属』で作動する触媒と、貴金属を一切使わない『貴金属フリー』の触媒という、2つの触媒の開発を進めてきました」
これらはどのような触媒なのか。以下、1つずつ見ていきましょう。
4つの原子で、同じ原子1万個の場合と同等以上に性能を得る
まずは1つ目の「最少量の貴金属」の触媒について。理想はもちろん一切貴金属を使わないことですが、どうしても貴金属が必要な場合はやはりある、と砂田教授は言います。そこで、貴金属が必要な場合でも使用量を最少に抑えよう、という発想で開発されたのがこの触媒です。
「貴金属が用いられる汎用的な触媒として、貴金属原子が数百個~1万個規模で集まったナノ粒子状のものがあります。排気ガスの浄化や燃料電池においてもこのタイプの触媒が使われますが、触媒のメカニズムから言えば、もっと少ない原子でも触媒機能は出せるのではないかと考えました。触媒として重要なのは、外界と接する粒子表面の原子だけのようにも思えるからです。そこで、粒子表面の一部を切り取ったような、平面状に貴金属が少数並んだだけの物質を作って試してみることにしました」
しかし実際作ろうとすると、金属原子だけを平面状に並べるのは困難でした。そこで砂田教授は、ケイ素とケイ素の単結合(Si-Si結合)を複数持ったケイ素化合物を「鋳型」として使い、Si-Si結合の間に金属原子を埋め込む方法を試みます。すると、平面状に金属原子(=パラジウム)を並べることができました。できあがったのは、ケイ素原子3つとパラジウム原子4つが正六角形をなす平面状の物質でした。そしてこの化合物の触媒性能を調べると、なんと、パラジウム原子数千個からなるナノ粒子と同等もしくはそれ以上の性能を示すことがわかりました。

数千個程度の貴金属原子(パラジウム)からなるナノ粒子の表面の一部分は、近似的に平面とみなせる。そのような平面的な物質をパラジウムで作るために、ケイ素化合物を「鋳型」として利用すると、右のような化合物が合成された。 提供:砂田 祐輔 研究室
「単純にパラジウムの数で比較すれば、1,000倍程度もの効率の触媒ができたことになります。驚くべき結果でした。しかし、なぜたった4つの原子が、同じ原子数千個のものと同等以上の触媒性能を出せたのかと考えていくと、実はケイ素の存在が重要であることがわかってきました。鋳型として使ったケイ素が、重要な役割を果たしていたようなのです」
いったいどういうことなのか。その理由は、砂田教授のもう1つの柱となる研究、すなわち「貴金属フリー」の触媒を作る研究の中にありました。では続いて、そちらの研究について見ていきましょう。
ケイ素と鉄で実現した「貴金属フリー」の触媒
貴金属を一切使わない「貴金属フリー」の触媒の研究は、砂田教授が、「最少量の貴金属」の触媒よりも以前から取り組んできたものでした。そして今から10年以上前、ブレイクスルーとなる重要な発見が、研究室の学生によってなされました。ケイ素と鉄を結合させた独自開発の化合物が、貴金属と同様の触媒性能を示すという発見でした。実際、その化合物を使うことで、例えばシリコーン製品の原料の合成といった、従来、貴金属の触媒が必須とされた反応が、貴金属なしでも進められることがわかりました。
「鉄は本来、結合を切ったりは苦手ですが、隣にケイ素を置いてあげると、それができることがわかったのです。ケイ素は鉄の電子状態に影響を与えたり、また、反応場として機能を拡大させることで鉄の反応性を上げるといった働きがあり、鉄が触媒として働くのを助けるのです。先の『最少量の貴金属』の触媒においても、ケイ素がパラジウムに対して同様の役割を果たしているものと考えられます」
砂田教授は、この研究以前から、ケイ素が持つ、金属ではないが金属に近しい性質に注目し、様々な研究において、ケイ素を他の金属と組み合わせることを試みていました。教授は、ケイ素をそのように使ってきたことが自身の「最大のオリジナリティ」であると言い、実際にそれが、「最少量の貴金属」と「貴金属フリー」の2つの触媒を生み出す重要なカギとなったのでした。
触媒を研究し、エネルギー問題に貢献したい

Chem. Sci., 2023, 14, 1065 (cover picture)
「貴金属フリー」の触媒は、様々な活用が見込まれていますが、その活用先として砂田教授が現在特に注力している分野が、水素です。すなわち、次世代のエネルギーとして注目される水素を貯蔵・利用する新しい方法を、貴金属フリーの触媒技術を活かして開発しようということです。
水素が広く利用されるようになるためには、安全かつ省エネな方法で貯蔵や運搬ができることが必須です。その方法として砂田教授が注目するのが、化学物質の中に化学結合として水素を貯蔵する手法です。その例として現在最も広く研究が進められているのは、メチルシクロヘキサン(MCH)という有機化合物を利用した方法で、この場合、炭素と水素の結合として水素を貯蔵し、結合を切ると水素ガスを取り出すことができます。砂田教授は、それと同様な考え方の方法を、貴金属フリーの触媒を利用して、より省エネルギーな形で実現することを目指しています。
「私たちの方法では、ゲルマニウムと水素を結合させた化合物で、水素を貯蔵します。ゲルマニウムはケイ素と同じ第14族で、ケイ素と類似の性質を持つ元素です。この化合物から水素を出し入れしたいのですが、その際の反応の触媒として、鉄とゲルマニウムの化合物を使用します。すると、貴金属フリーである上に、常温で水素を発生・貯蔵することが可能になるのです。MCHを用いる従来の方法は、水素ガスを発生させるのに300℃程度までの加熱が必要です。それが常温でできることになれば、エネルギーの観点から大きな利点になります」

ゲルマニウム(Ge)と水素の化合物(Phはフェニル基(C6H5))を水素キャリアとして、水素を貯蔵する。右向きの反応によって水素が取り出せ、左向きの反応によって水素が貯蔵できる。その反応の触媒として、「貴金属フリー」の、鉄とゲルマニウムの化合物を利用する。ただしゲルマニウムは高価なため、現在、砂田教授は、代わりにケイ素を使った方法の開発も進める。ケイ素の場合、水素の発生にやや加熱が必要となるが、それでも300℃と比べるとかなりの省エネとなる。 提供:砂田 祐輔 研究室
砂田教授たちのグループは、すでにこの方法の開発に成功し、実用化を目指して今、研究を進めています。その道のりはまだ短くはなさそうですが、「困難があっても、日々の研究で道は必ず開けていくし、学生らとともに試行錯誤を重ねる日々はとても楽しい」と、砂田教授。ではその先には、どんな可能性が広がっているのでしょうか。教授は、この技術がつくる未来を見つめて、こう話します。
「触媒の技術や概念は、例えば水素など、特定の対象に限定されるものではありません。もし将来、エネルギーとしては水素よりもアンモニアの方が有用だと評価されることになっても、私たちの研究の成果はきっと同じように適用できます。そのように、本質的な部分で重要だと言える研究を、これからも積み重ねていきたいです。そしていずれ、私たちみなが直面しているエネルギー問題の解決に貢献できたら、それは本当に嬉しいなと思います」
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記事執筆:近藤 雄生(ノンフィクションライター、理系ライター集団「チーム・パスカル」)
2025年5月30日(金)、31日(土)に実施される「東京大学駒場リサーチキャンパス公開」の「生研講演会」にて、砂田教授が講演します。
日 時:2025年5月30日(金)14:00〜14:50(本企画に対する事前予約は不要です)
場 所:東京大学駒場リサーチキャンパス An棟2階コンベンションホール
テーマ:金属クラスターを駆使し資源・エネルギーを有効活用したい
概 要:金属クラスターとは、ナノサイズに複数の金属原子を配列した化合物です。これらを精密に作り上げることで、貴金属が示す触媒機能の最大化や、次世代エネルギー候補である水素の効率活用を目指した研究について紹介します。
≫ 東大駒場リサーチキャンパス公開ウェブサイト
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新しい材料によって、エネルギー消費が減っていくと思います!
その未来に期待
けんた
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