巨大地震のメカニズムを解明し、その規模や発生頻度を予測できるようになるためには、海底の動きをセンチメートルの精度で、かつ頻繁に観測することが必要です。しかし現状では、船で観測したい場所まで行ってデータを取って戻ってくる、という方法が採られているため、十分な頻度での観測ができません。そうした中、東京大学 生産技術研究所 横田 裕輔 准教授は、株式会社ハマとの共同研究で、世界で初めて、海面に着水しているUAV(無人航空機)を用いて、センチメートルの精度で海底の位置を計測することに成功しました。海底の位置計測の高頻度化や低コスト化を可能にする技術として、注目を集めています。
海底観測をより高頻度で行うためにUAVを活用する
地震学や地質学では、音波を使って海底の地形や位置を計測します。海水面から海底に向かって音波を出し、反射して戻るまでの時間を測ることで、海底までの距離を測るという方法です。特に、南海トラフ地震など、プレートの境界で発生する地震のメカニズムを解明し、その規模や発生頻度を予測したりするためには、海底の微小な地殻変動をセンチメートルの精度で、かつ高い頻度で計測することが必要です。しかし現在、音波を使ったこのような計測は主に船舶によって行われているため、特に頻度の面で十分な観測ができていません。現場まで船で行き、観測してまた戻ってくるという方法では、時間もコストもかかるため、観測を頻繁に行うことは難しいからです。
横田 裕輔 准教授は、現状のこうした課題を解消する新たな海底位置計測法を探る中で、UAV(無人航空機)を利用することを考えます。そして、株式会社ハマ(以下、ハマ)が海水面で離着陸できる飛行艇型UAVを開発していることを知り、連絡を取ったのでした。横田准教授は話します。
「私はそれ以前にも、ヘリコプター型のドローンを利用した海洋観測は行っていました。ただ、そういったドローンは飛行できる距離が短いため、遠洋の観測にはもっと遠くまで飛べる機体が必要です。そうした中、固定翼を持ち百キロ以上飛行できるハマさんの飛行艇型UAVのことを知って、相談することにしたのです。目的の観測を行うには、既存の機体より大きなものを作ってもらう必要がありましたが、ハマさんは、快く引き受けてくださいました。そうして2020年に、共同研究が始まりました」
それから2年後の2022年、横田准教授たちは、世界で初めて、UAVによる深海底観測に成功します。そしてその後、さらに機体や解析手法に改良を加えた結果、2025年、ついに、センチメートル精度での海底位置計測が実現できたのでした。以下、その計測がどのように実現に至ったのかを見ていきましょう。

海水面を移動するUAV(株式会社ハマ製)
観測機器をいかにして小さな機体に積み込むか
海底の位置計測は、船でもUAVでも方法は同じで、「GNSS-A(GNSS-音響測距結合方式)」よって行われます。GNSSとは「全球測位衛星システム(Global Navigation Satellite System)」の略で、人工衛星の電波によって地球上の位置を計測するためのシステムの総称です(GNSSのうち、アメリカが開発・運用するシステムがGPS)。一方、「音響測距」は、音波が伝わる時間を測って距離を計測する技術です。
この両者を結合させたGNSS-Aとは、すなわち、海上の船やUAVの位置をGNSSで計測し、その下の海中は、船やUAVから音波(=水中でも遠方まで伝わりやすい)を出して計測、その結果を組み合わせることで海底の位置を計測するという方法です。南海トラフ沿いなどの海底には、観測の基準点となる「海底音響基準局(海底局)」が数十キロごとに設置されていて、その位置をGNSS-Aによって定期的に測ることで、海底の地殻変動の観測が行われています。

GNSS-Aの概略図。GNSSによって海水面上の船またはUAVの位置を計測し、その船またはUAVが出す音波によって海底に設置された海底局の位置を計測する
横田准教授は、現状船で行っているこの観測を、UAVで行えるようにすることを目指しました。観測の方法は、UAVで行う場合も、基本的には船で行う場合と同じで、観測に必要な機器も概ね同じです。しかし、それは簡単ではありませんでした。
「観測機器を積んだUAVが百キロも離れた海上まで飛び、海水面に着陸して観測を行い、再び離陸して戻ってくるには、様々な工夫や試行錯誤が必要でした。中でも最大の問題は、機器をどうやってUAVに搭載するかでした。ハマさんには既存のものより大きな機体の開発をお願いしましたが、同時に、機器の小型化と軽量化、そして機器の配置を工夫することも必須でした」

UAVに積む観測機器の一部。右の円筒状の機器がソナー。
横田准教授たちがまず行ったのは、機体に追加で積み込む計測用機器をできるだけ少なくすることでした。例えば、船舶で用いられる揺れや傾きを知るための動揺計は、非常に重量がありますが、UAVの機体自体が軽量な動揺計を持っているので、観測機器から省くことができました。
「また、振動して音波を出す装置、ソナーは、遠方まで届く音波を出すためにそれなりの物理的な大きさが必要なため、小さくするのは限界があります。ただ、振動を起こすための電気信号を生み出す回路は小さくできるので、小型化を試みました。が、そうすると今度は、本来近づくべきではない部分が近づいて干渉するのでそれを避けるための措置が必要となったり、でも海特有の問題でそれがなかなかうまくいかず……、といったような問題が複数出てくることになりました。加えて機器の配置には、UAVの飛行性能を落とさないようにするための工夫も必要で、そうした各点で試行錯誤を繰り返しました」
一方、ハマは、大型の機体を試作しては実験を重ね、求められる機体を作り上げていきました。また、観測精度を高めるためには、UAVが海上を移動して複数の場所で観測を行えることが望ましく、そのためには、観測しては離陸し、また着水して観測する、ということを可能にしたい。それを自律的に行えるような機能も、機体に持たせるように工夫しました。
データの解析方法なども改良し、ついにセンチメートル精度の観測を実現
そうしてなんとかUAVの機体も完成。その機体に各機器を載せて2022年、相模湾で観測を行ったところ、水深約1300メートルの海底局との通信・測距に成功しました。海面に着水したUAVと深海底との音響通信・測距は、世界初の快挙でした。
ただしかし、この時はまだ、観測の精度が不十分でした。地殻変動の観測に必要なセンチメートルの精度を実現するためには、さらなる改良が必要でした。そして横田准教授は、機器の小型化などに加えて、データの解析手法の改良や、機器に生じる誤差の補正といった点も、さらに詰めていきました。
「私たちはGNSSのデータ解析の理論面の研究も重ねていて、2020年代に入ってからは、解析プログラムに組み込むモデルの改良も行ってきました。そうした点も観測精度の向上につながりました。また、ソナーが発信する信号にも誤差があるため、それを補正する技術についても研究し、その成果も観測に取り込みました」
横田准教授が解析の精度向上を進める中、ハマも、翼幅を少し広げるなどの改良を機体に加え、新型機を完成させました。そうしてついに2025年、センチメートル精度での海底位置の計測が実現したのでした。

センチメートル精度の海底位置計測に成功したUAVの機体(株式会社ハマ製「HAMADORI6000」新モデル)
複数の観測手段を駆使して、海底の謎を解き明かしたい
こうして実現に至った、UAVによる海底位置の計測技術は、深海底観測の高頻度化と低コスト化を可能にする技術として、いま注目を集めています。
「今回ハマさんが開発した新しい機体は、90km/h以上の速度で330km飛べるので、たとえば南海トラフのある沖合までも、すぐに行って観測を行うことが可能です。またコスト面も、船で観測する場合の少なくとも何分の1かにはなるはずで、その点からも、いまよりずっと高い頻度での海底観測を可能にします。また、地震発生直後の緊急時にすぐ現地に飛んで観測ができるのも、UAVを利用する大きな利点と言えます」
ただ、横田准教授は、高頻度の海底観測をUAVのみで実現しようとしているわけではありません。この研究とは別に、小型の無人ボートを利用した海底観測技術の研究も進めています。多数の無人ボートを海上に漂わせておければ、常時すべての点を観測しつつ、一部の機体をメンテナンスする、といった運用サイクルを実現できるかもしれません。また、同じく東大生研の巻 俊宏 准教授の研究室では、海中を自律的に動けるAUV(自律型無人潜水機)とUAVとを連携させる研究も行っています。そうした様々な技術によって、複数の観測手段が実現することで、より高頻度な観測が可能になり、結果として、より高度な海底観測が実現するだろうと、横田准教授は話します。
「じつは私は、船が好きではありません。船酔いがしんどくて(笑)。そのためいずれは、船で現場まで行かずとも、部屋の中から海底のことがなんでもわかる時代になったらいいなと夢見ています。海底は、宇宙以上に多くの謎が残るフロンティアだと言われます。自分の開発した観測技術が、少しでもそうした謎の解明に寄与できるよう、これからも一つひとつ、壁を乗り越えていきたいです」

小型の無人ボートの試験の様子
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横田 裕輔 准教授
記事執筆:近藤 雄生(ノンフィクションライター、理系ライター集団「チーム・パスカル」)
1949年の設立以来、東京大学 生産技術研究所は、基礎から応用まで幅広い工学研究を展開し、産業界との協力を重視してきました。数多くの共同研究や受託研究を通じて企業の研究者・技術者との交流を積極的に推進し、産学連携のトップランナーとして研究の発展と成果の社会還元を力強く進めています。さらに、寄附研究部門や社会連携研究部門を通じて外部人材を迎え入れ、その役割を一層強化しています。
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