東京大学 生産技術研究所の菊本 英紀 准教授らの研究チームは、東京の暑さの実態をより詳しく明らかにする解析手法を開発しました。気象観測データと最新の気候解析データを組み合わせることで、過去30年以上にわたる気温や湿度の変化を高解像度で再現しました。これにより、昼夜の気温の違いや、極端高温日が発生しやすい場所を詳細に地図化することが可能になりました。この成果は、熱中症リスクの軽減や都市の暑さ対策に役立つと期待されており、将来的には街づくりや都市計画にも活用される可能性があります。
地球温暖化の影響で気温が上昇し、特に人口が集中する都市では住民の健康に深刻なリスクをもたらす可能性があります。熱中症などを防ぐための対策は急務ですが、これまで都市内の詳細な気候の長期記録が不足しており、どの地域で重点的に対策を講じるべきかを判断するのは難しい状況でした。
こうした課題に対し、東大生研の研究チームは、最新の気候解析データと気象観測データを組み合わせる革新的な手法を開発しました。この研究成果は、2025年2月に国際学術誌 Sustainable Cities and Society に掲載されています。新手法により、過去30年以上にわたる都市部の気温や湿度の変化を5 kmの空間解像度で1時間ごとに再現することが可能となり、都市のどこで、いつ、どのように暑さが強まったのかを地図のように可視化できます。この成果は、気候科学者が都市の気候変動をより正確に把握するだけでなく、都市計画者が暑さ対策や街づくりに具体的に役立てられる強力なツールになると期待されています。
「従来の気候データでは、木々や建物、公園といった要素が複雑に影響する都市環境の中で、人々が実際に体験する気温を時間ごとに正確に捉えることは難しかったのです」と、筆頭著者のXiang Wang特別研究員は説明します。「私たちの融合アプローチにより、東京の都市部と郊外における熱と湿度の変化を非常に詳細に描くことが可能になりました。」
この革新的な方法は、数理的な解析と確率的な推定手法を組み合わせることで、東京周辺地域の気象観測所から得られた30年間の観測データ(気温と水蒸気圧)と地域規模の数値気候解析のデータを融合させました。この新手法は従来の方法で課題となっていた精度や解析期間の限界を克服し、地域ごとの気温の変動をより高解像度の地図として示すことに成功しました。
その結果、過去30年間で東京の平均日中気温は1℃以上上昇し、さらに東京中心部では夏の夜間の気温が約2℃上昇していることが明らかになりました。さらに懸念されるのは、人間健康へのリスクがより高い極端な高温日の数が、2021年以降、1990年代と比べて東京都市部で2倍以上に増加したことです。背景には、都市開発の進展に伴う道路や建物などの不浸透面の拡大があると考えられます。また、東京中心部の北西に位置する熊谷市のような地域では、都心部よりもさらに多くの極端な暑さの日が観測されており、地域差の大きさが浮き彫りになりました。また研究は、2011年以降、対象地域西側の広い範囲で極端高温日が顕著に増えていることも示しています。

1991年から2023年にかけての東京地域における夏季の平均夜間気温(SAT)の空間分布の傾向。
6月から8月にかけての午後9時から翌午前3時までの平均夜間気温。緑の破線は変化の基準として用いられる25℃の等温線を示す。

1991年から2023年にかけての複数の年間期間において、東京地域で日最高暑さ指数が40.6℃を超えた日数の平均値の空間分布の傾向
「今回の研究では、過去30年間に東京周辺で気温や湿度がどこで、いつ、どの程度上昇したのかを具体的に示すことができました」と、研究を率いた菊本准教授は説明します。「特に夜間の気温の高さは大きな懸念材料です。睡眠の質の低下や熱中症リスクの増加など、人々の健康に幅広い影響を及ぼす可能性があるからです。」
数値気候解析と気象観測データを組み合わせることで、都市の気温や湿度の分布を細かな時間・空間スケールで地図化できるという、新しい視点が開かれました。とはいえ研究チームは、この手法にも改良の余地があると認めています。観測地点ごとに精度のばらつきがあったことや、公園や建物といった地域のより詳細な要素をすべて反映できていない点は、今後の課題です。
それでも、この新しい解析手法は、都市計画者が暑さ対策や緩和策を設計するための科学的な基盤となり、熱に強い街づくりや政策づくりに役立つことが期待されています。こうした知見は、現在の東京に暮らす人々だけでなく、将来の世代にとっても「住みやすい都市」を実現するための一助となるでしょう。
“Decadal assessment of local climate utilizing meteorological analysis and observation data: Thermal environment changes in the Tokyo area “, is published in Sustainable Cities and Society atDOI: 10.1016/j.scs.2025.106138
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菊本 英紀 准教授
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